「ビッグサンダー・マウンテンに乗ったら、結石が出た」
ディズニー好きなら、一度は耳にしたことがある話じゃないでしょうか。私も最初は完全に都市伝説だと思っていました。乗り物で石が出るなんて、さすがに話が出来すぎている、と。
ところが調べてみて、椅子から転げ落ちました。この話、ちゃんとした医学論文が存在します。しかも学術誌に掲載され、イグ・ノーベル賞まで受賞している正真正銘の研究です。
今回は、この愉快すぎる研究の中身を最後まで追いかけます。そして最後に、絶対に真似してはいけない理由もお話しします。
まず結論だけ先に
そもそも尿路結石って、どのくらい身近な病気?
本題に入る前に、少しだけ前提の話を。
腎臓から尿道までの通り道にできる石を、まとめて尿路結石といいます。石が腎臓にとどまっているうちは、痛みもなく気づかないことが多い。ところが石が流れ出して尿管に詰まると、あの激痛が襲ってきます。
つまり「他人事」の病気ではまったくない、ということです。だからこそ「コースターで出るらしい」という噂が、こんなに広まったんでしょうね。
発端は「3回乗って、3回とも出た」という患者さんの証言
物語のスタートは、アメリカ・ミシガン州立大学の泌尿器科医、デビッド・ワーティンガー医師の診察室でした。
ある患者さんが、こう報告したそうです。フロリダのウォルト・ディズニー・ワールドでビッグサンダー・マウンテン・レイルロードに乗ったら、乗るたびに石が出た。3回乗って、3回とも。
普通なら「偶然でしょう」で終わる話です。しかもこの患者さんだけでなく、似た報告をする人が他にもいた。ワーティンガー医師は、終わらせませんでした。

偶然で片づけないところが最高です。ここから研究が始まるんですよ!
ちなみにこの研究、後年のインタビューで本人が「もとはバーでの賭けみたいなものだった」と語っています。研究費の助成もなく、完全に自腹だったとのこと。情熱の出どころが完全にディズニーファンのそれです。
3Dプリンターで腎臓を作り、リュックに入れて20回乗った
医師が取った方法が、また徹底しています。
その患者さんのCT画像をもとに、腎臓の内部構造を再現した透明なシリコン模型を3Dプリンターで製作。中に尿を満たし、その患者さん本人から実際に出た結石3個を入れました。石の大きさは4mm以下のものです。
そして模型をリュックに詰め、パーク側の許可を取ったうえで、ビッグサンダー・マウンテンに20回乗車。石3個 × 20回で、合計60回分のデータを集めています。

動物の腎臓を使わなかった理由が、また面白い
研究チームは当初、動物の腎臓を使うことも検討したそうです。しかし断念しました。
理由が「気温の問題があり、そもそもファミリー向けの遊園地に持ち込んで広げるのにふさわしくないため」。真面目な論文にこの一文があるの、じわじわ来ませんか。

確かに、パークで本物の臓器を広げている人がいたら通報案件です。
結果:後方の席で約64%、前方だと約17%
集まったデータが、想像以上にはっきりしていました。
同じアトラクション、同じ模型、同じ石。違うのは座った位置だけなのに、4倍近い差がついたわけです。「後ろの車両のほうが振り回される」という、私たちが体感でなんとなく知っていたことが、数字で裏づけられた形ですね。
その後に行われた拡張研究では、複数の模型を身につけて乗車し、後方座席での数字は約70%まで上がりました。使った結石の総数は、なんと174個にのぼります。
スペース・マウンテンでは、まさかの0%
ここが個人的に一番おもしろかったところです。
研究チームは他のアトラクションでも同じ実験を試しています。スペース・マウンテンと、ロックンローラーコースター。
結果は、どちらも0%でした。
理由は「速すぎて、激しすぎるから」。強いGがかかると、石は腎臓の壁に押しつけられて、かえって動かなくなってしまうそうです。
ワーティンガー医師が挙げた理想の条件は、そこそこ荒っぽくて、ひねりやカーブがあって、宙返りしないコースター。
……これ、ビッグサンダー・マウンテンの設計そのものなんですよね。ガタゴト揺れながら鉱山を駆け抜ける、あの独特の走り方。速さでは他に負けるのに、この実験だけは勝ってしまった。なんだか誇らしい気持ちになります。
2018年、イグ・ノーベル賞を受賞
この研究は2016年に米国オステオパシー協会の学術誌に掲載され、2018年にイグ・ノーベル賞の医学賞を受賞しました。
イグ・ノーベル賞は「人を笑わせ、そして考えさせる研究」に贈られる賞です。ハーバード大学で行われた授賞式に、ワーティンガー医師はビッグサンダー・マウンテンのTシャツとディズニーの帽子で登壇したそうです。研究中に現地で買ったものだとか。もう完全に仲間です。

体操のシモーン・バイルズ選手も言及していました
余談ですが、この話には後日談があります。
2018年の世界体操競技選手権。アメリカのシモーン・バイルズ選手は、大会中に腎結石を発症して深夜に救急外来へ運ばれながら、その17時間後に予選で全体トップの成績を出しました。
そのとき彼女は、コースターが結石にいいと聞いたことがある、自分は演技中がまさに小さなコースターのようなものだ、という趣旨のコメントを残しています。強い。強すぎる。
ただし、この研究には大きな限界があります
盛り上がったところで冷や水をかけますが、ここが一番大事です。
研究者本人が、大きな石を持った人が乗れば救急外来に運ばれる可能性がある、と明言しています。この研究が示したのは「石が動く条件のヒント」であって、「治療法」ではありません。
東京のビッグサンダー・マウンテンはどうなの?
日本のファンとして、一番気になるところですよね。まずは公式スペックを確認しましょう。
最高時速40kmは、世界のビッグサンダー・マウンテンの中でも控えめな数字です。それでも、岩肌ギリギリを走る演出、3回の巻き上げ、左右に振り回される急カーブのおかげで体感速度は数字以上。「荒っぽくて、ひねりとカーブがあって、宙返りしない」という条件は、東京版もきっちり満たしています。
ここだけは絶対に守ってください
公式サイトの利用制限欄に、はっきりこう書かれています。
結石を抱えた状態でスリルライドに乗るのは、まさに「悪化するおそれのある症状」に真正面から当てはまります。石が動いて尿管に詰まれば、待っているのはあの激痛です。パークのど真ん中でそれを起こす光景を想像すると、本当につらい。

石を出したくてビッグサンダーに乗る、は絶対にやめてください。痛いのは自分ですし、周りのゲストもキャストも心配します。
結局、どう楽しむのが正解なのか
私はこの研究が本当に好きです。患者さんの何気ない一言を「まさか」で終わらせず、自腹で3Dプリンターの腎臓を作り、リュックに背負って、真顔で20回乗る。その執念が、最終的にハーバードの授賞式まで届いてしまった。
次にビッグサンダー・マウンテンの列に並んだとき、「この乗り物、論文になってるんだよな」と思い出してみてください。同じ4分間が、ちょっとだけ違って見えてくるはずです。

よくある質問
Q. 結石を出す目的でビッグサンダー・マウンテンに乗ってもいいですか?
A. やめてください。研究はシリコン模型で行われたもので、人間での臨床試験はされていません。東京ディズニーランドの公式利用制限でも、症状が悪化するおそれのある方は利用を控えるよう案内されています。
Q. 研究では前と後ろ、どちらの席が効果的だったのですか?
A. 後方の席で約64%、前方の席で約17%という結果でした。拡張研究では後方で約70%まで上がっています。ただし東京ディズニーランドでは、基本的に座席位置を自分で選べません。
Q. スペース・マウンテンでも同じ効果はありますか?
A. 同じ研究チームが試したところ、スペース・マウンテンとロックンローラーコースターはどちらも0%でした。速すぎる乗り物は、強いGで石を押さえつけてしまうためです。
Q. どのくらいの大きさの石が対象ですか?
A. 研究で使われたのは4mm以下の石で、研究者は5mm程度までと述べています。それ以上の石は動いて詰まる危険があるため、逆効果です。
Q. この研究は何の賞を受賞したのですか?
A. 2018年のイグ・ノーベル賞・医学賞です。人を笑わせ、そして考えさせる研究に贈られる賞で、ハーバード大学で授賞式が行われました。
まとめ
「ビッグサンダー・マウンテンで結石が出る」という噂は、都市伝説ではなく本物の研究に裏打ちされていました。後方座席で約64%、スペース・マウンテンでは0%。座る位置と揺れ方で結果が変わるという事実は、素直におもしろい。
ただしそれは治療法ではなく、あくまで「石が動く条件」を教えてくれる実験です。持病のある方は無理をせず、元気なときに思いっきり楽しむ。それが一番の攻略法だと思います。
次のパークでのビッグサンダー・マウンテン、いつもよりちょっとだけ賢い気持ちで並んでみてくださいね。


日本泌尿器科学会などがまとめた診療ガイドラインによると、生涯罹患率は男性15.1%、女性6.8%。男性の7人に1人、女性の15人に1人が一生に一度は経験する計算です。しかも再発率が高く、5年で約45%、10年で約60%と報告されています。